Tapestory + all our tomorrows
全作文リスト

このページでは、2021年に始まった「大人のじぶん探求部Tapestory」で全4週間の部活動(グループワーク)を通して完成させた作文と、2012年から続いている「等身大作文リレーブログ all our tomorrows」に掲載された個人で書かれた作文を合わせて紹介しています。

  • I often get asked, “Do you speak Japanese to your kids at home?” I think they want me to say “Yes,” so that they can respond with something like, “That’s wonderful, bilingualism is such a gift.”

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  • そろそろ章が変わる時だなと思っている。 そう思うようになったのは、数年前から。いつかは帰ろう、と思っていたそのいつかは、私が動かないことには少しも近づいてこないと気付いたから。

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  • 幼い頃から、祖父母や両親の幼い頃や若い頃の話を聴くのが好きだった。 母方の祖母は当時60代で、父方の祖母は当時50代。どちらも自分から話すわけではなく、「そんな話、聞いてもおもしろうないやろうに」などと言いながら、記憶を手繰り寄せて話してくれた。

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  • 気が付いたらここまできたんだ。私は、3年前にも作文を書いている。あの頃の私は、息子がこの先どうなってしまうんだろうと、不安と苛立ちがいっぱいの靄に包まれていて、それに飲み込まれそうになる度に必死にもがいた苦しい時だった。

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  • 2022年の私は「随分遠くにきたものだなぁ」という感覚である。10年前の22歳、大学卒業した頃には想像すら出来なかったフリーランスで多種多様なお仕事に巡り合わせてもらっている。そして、当時はまだ出会っていなかった人と家庭を持ち、1歳の女の子を育てている。

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  • 最近の世の中の傾向は、頑張らないというか、自分に正直というか、なんでもいいというか。それって、私の場合はどうなんだろうか?がんばっちゃ。。いけないのか?がんばることも自分に正直なんだったら、それでもいいはず。

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  • 「それは処世術ですね。」 第1回セッションで気づかされた。そうか!今まで私が考えたり実践したりしてきたことは処世術なのか。思えばずっと、来た球を打ち返すだけで精いっぱいの人生だった。

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  • (この作文は非公開です)

  • 2020年2月末から止まった感覚で2年間。予期せぬパンデミックによって世界から隔絶された気がした。仕事や生活も一変。オンラインで自宅にて仕事、誰とも会わないまま、ただただ単調な毎日を過ごした。

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  • とても小さい頃、お父さんが怖くて、お父さんがお母さんに怒鳴る度、自分の幼さを呪ったね。かわいそうにね。でも、よく一人で苦しさ受け止めたね。 そんな私にこれ、言いたいです。

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  • この作文は、私の選手宣誓だ。日本には従来こうあるべき、みたいな「家族」に対する固定概念が存在すると思う。家族は分かり合えるもの、幸せなもの、ずっと変わらないもの…。私の家族はまさにそうだった。

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  • (この作文は非公開です)

  • ”正直な性格”が私の良いところだと思っていた。 昔から、周りの人に感謝や愛をうそ偽りなく伝えることが得意だった。小学生の頃は、母が仕事の用事で出張があると、前日の夜に「いつもありがとう、お仕事がんばってね、お母さんのこと大好きだよ。」という手紙を渡していた。

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  • Career definingな仕事。そういう仕事を割と最近したことがある。年をとったら、孫に「おばあちゃんは若い頃こんなことをしたことあるのよ~」といった風に、自慢できるようなこと。国家元首と有名な大富豪と一緒に収まった写真を見ながら、将来そういうふうに懐かしく語るのかもしれない。そんな仕事。

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  • (この作文は非公開です)

  • 言い訳を、やめてみようと思う。 何か聞かれるたびに、必ず枕詞をつけていた。「英語が苦手なので」「頭いい方じゃないので」「できるかわからないけれど」

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  • 「何者でもない」ときを楽しむ。情報過多社会では難しいことなのかもしれない。望んでそうなったわけではなかった。しかし、人生の神様はいとも簡単に、大好きな仕事を奪い取り、社会に放り出す。

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  • みなさんは、今いる職場は好きですか?嫌いですか?あなたとその組織はどんな関係性ですか? 私は10年、同じ会社に勤めています。

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  • 幼い頃から、将来の夢は公務員でした。小さい島で生まれ育ち、両親も親戚も公務員。安定したお仕事が何よりも素晴らしいものだと信じて憧れ、コツコツと勉強に励みました。

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  • 「Burn out」してるかもしれない。そう思い始めたのは今年の初め頃。仕事以外のことをするのが億劫で、週末はダラダラとYouTubeで日本のテレビ番組を見て過ごす事が多くなった。

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  • 未来日記:2023.8.14

    私は今、段ボールの荷解きをしている。なぜって、日本を離れ、気候の温暖な〇〇に家族で移住したから。つい3年前までは愛知に住んでいてマンションも買ったし、当分ここで過ごすんだろうなと思っていたのに。

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  • この作文を書こうと決心してから、もうすぐ2年。当時の私は「学生/就活生」で、作文の内容は就活体験記になるだろうなーと、構成をふわふわ考えていました。でも、そう順調に進むわけはなく。

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  • 父の仕事の都合でシアトルで生まれ、ハワイで育った私は、9歳の時に両親とともに日本に移りました。私にとって日本は、数年に一度、祖父母に会いに行くだけの国であったため、「帰る」という概念はありませんでした。

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  • 私は子供の頃から自己肯定感が低く、自分に自信がなかった。他の子に比べてトロく、運動音痴だったこと、そして何よりも、何でも人より器用にこなす3歳半上の姉に比べて、私は不器用で歌も音痴で、絵も上手くなかったことが、自信のなさに起因していた。

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  • 2020年は、本厄なのだ。安倍首相が二度目の辞任を発表したが、理由とされている(?)潰瘍性大腸炎、それと同じ病気にかかったのは、私が確か17か18のときで、このときも厄年だった。

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  • 私達の生活は、思った通りにいかないことの連続だ。そんな日常をみな辛抱強く生きている。ただ、大半の場合、それは日常という前提があった上での話である。

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  • 小学校の卒業式の壇上、「大きくなったら国家公務員になりたいです」と言ったことをよく覚えている。他の子が保育園の先生になりたいとか、サッカー選手になりたいとか、小学生らしい宣言をするそばで、だ。

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  • いつかここに作文を書きたいと言っていてくれたお友達が、天国に行ってしまいました。いつか闘病を振り返って書きたい、と言ってくれていたのに。

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  • 「そうだ、片付けをしよう。こんまりをしよう。」そう思ったら居ても立ってもいられなくなった。仕事なんかしている場合ではない。可能なら子供の迎えもスキップしたい。今、私の人生に足りないのは片付けだ。

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  • 大学卒業後に就職した報道機関から、海外留学中の出産を経て34歳で国際公務員に転身。任務地は、紛争地。家族の同伴や呼び寄せはできず、夫(日本人)と幼い娘と離れて暮らす単身赴任生活は1年を越えた。

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  • 結婚してから、気が付いたらもうそんな歳になっていた。結婚する前は、日本の田舎で子供たちを中心に英会話教室を開いていた。

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  • 「素直に一歩前へ」2013年1月某日、毎年恒例の高校仲間との新年会書き初めでこう書いた。毎年お正月にキラキラと充実した人生を送っている(と少なくとも私には見える)友達と会うのは、とても刺激を受けるし大切な時間だ。

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  • 自分が何者でもない気がして、とても怖かった数年前。そこを乗り越えて、めちゃくちゃ一生懸命頑張っていたら、今度は一時的に、何でもない人になってみてもいいかな、なんて思うに至った。最近仕事を辞めました。

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  • 6年前、28歳の時に作文を書かせてもらった。その時は、プライベートが自分なりに落ち着き、仕事でもITのプロデューサーになると心に決めて、ようやく何か迷いがある状態から抜け出した時だった。

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  • 前回の投稿から5年経って、その間に本当にいろいろなことがあった。でも今も前回と同じようなことをしていて、、、、。 自分が何が好きなのか、しっかり認識できた5年でもあったように思う。

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  • 今の仕事を振り返ると必ず思い出す出来事がある。今年三才になる長女出産前弁護士だった私は、出産一年後に転職し準修士課程の講師をしている。

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  • 大人になりたくない。私は40歳の主婦。仕事は保健体育の教員。自分の人生を振りかえって、高校と大学が一番濃かった。小学校からずっとバスケットをやっていて、今でもバスケットはやっている!

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  • がんばらなくていいなんて20代は思わなかった。26歳の時、そして33歳の今。尊敬する50代と80代の女性経営者から別々に似たようなメッセージをもらった。「あなた、がんばらなくていいのよ」

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  • 5年前に体調不良と妊活のために仕事を辞めて、上手くいかないまま、2年前に夫の海外赴任に帯同して、現在オランダ在住、43歳、子どもなし、無職です。

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  • もうすぐ35歳。大学を卒業し、社会人としてキャリアをスタートして10年、この仕事を始めてから5年、節目の年になってきた。長めに考えて70歳を定年とすると、ようやく道の半分まできたというところかな。

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  • 福岡県出身。33歳。旅行会社勤務。独身。彼氏なし。5年前とびっくりするほど何も変わらないプロフィール。。。5年前この作文を書いたときから差ほど変わらない自分を見つめ直すのが怖くて、これまで何だかんだと先延ばしにしていた私。

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  • 今の自分にとって、一番大事なこと5点をまとめてみる。 ①仕事:まだ最初に来てしまうのが、仕事。仕事で心配事があると気になって憂鬱になったりものすごく不安になったりする。

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  • タイトルは文字数の都合上「コスプレイヤー」とだけ書いたのですが、私は新卒からずっと日系と外資の金融機関(バイサイド)で、計10年、株やオルタナティブアセットのファンドマネジャーをやっていました。

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  • タイトルから実はかなーり悩んだけれど、今現在の私の生活はこれそのものだから、今回はあえて、生後二か月半、未だにGCU(NICU:新生児集中治療室の卒業生で、必要のある子どもが引き続き入院するところ)にいるわが子をこう呼ぶことにした。

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  • おしゃれなカフェでゆっくり美味しいコーヒーを飲む。ちょっと空いた時間で好きなブランドの服を見る(そして見事散財する。)。仕事帰りにデパ地下でご褒美ケーキを買う。これまでしてきたそんなストレス発散法が、すごく贅沢なことだったということに、齢31歳にして気付かされる。

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  • 「あのNが、よく結婚する気になったねえ」報告後、かなりの友人、同僚、クライアント(!)から言われた言葉だ。…そんなに向いてなさそうに見えたっけ?2010年、私は就職した。

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  • キャリアプランを聞かれるたびに、 それが決められたらどんなにいいか… といつも心のなかで思っている。だって、結婚できるのか?子どもはもつのかどうか?そのとき家族でどこに住むのか?キャリアのなかで大きな意味を持つのは、どう働くかよりも、どう生きるかじゃないか!

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  • 何年か前の私立中学校の入試問題に「何故、ドラえもんは生物と区分できないのか。理由を答えなさい。」という問題が出たらしい。正解は、「自身が成長したり、生殖をして子孫を残すことが出来ないから。」とのこと。

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  • 幼稚園の頃の将来の夢は駄菓子屋さん。小学生の頃は駄菓子屋さん、発明家、郵便屋さん、お花屋さん、サッカー選手、大工さん、専業農家。以降、樹木医、テニス選手、医師、臨床心理士、SE、パン屋さん、資産家、花火師、と、なりたいものはその時々で変わっていった。

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  • 「10年後にこれを読んだ私は何を感じているんだろう。どこで何をしているんだろう。全くもって予想ができない。でもそれを楽しみだと思えるような自分になっていることが嬉しい。」そう作文を締めくくった5年前。

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  • 5年前に書いた時は仕事を辞めて中国医学を学ぶため台湾の大学に入ったばかり。30歳を目前に控え仕事を辞めてかなり不安だったし、卒業をする頃には30代半ばで大丈夫なのかなと心配もかなりあった。

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  • 前回、28歳 主婦だった私が、今回、33歳 個人事業主。この5年間でずいぶんと景色が変わったなぁと思う。変わったけれど、自分の根底にあるものはさほど変わっていない。

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  • 2017年の春、5年勤務した政府系援助機関、退職した。サルサダンスコンペティション2連覇を果たして、世界大会に挑戦する。それだけが理由だった。入社時は、こんな辞め方をするなんて夢にも思わなかった。

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  • 5年前、27歳外交官は、とあるアフリカの国で、ミュージカルウィキッドの歌を口ずさみながら、作文した。あの頃、大好きな家族と友だちと好きに会ってお茶して語ることのできない環境が辛かった。

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  • 前回の作文から5年半。この5年半にあった大きなことと言えば、2年間オランダにいたこと、管理職になったこと、そのくらい?あ、あと私の変化ではないけど、夫が退職してフリーになった(独立した、って言ったほうがいいのかな?)。

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  • また、クビになった。人生4度目の無職生活。こんなに失職する回数が多いと、無職でいる、ということに抵抗がなくなってくる。むしろ、振り返りに良いタイミング、と開き直って、前向きに過ごしている自分がいる。

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  • ごめん、書けないや・・・。5年前、このall our tomorrowsの依頼を受けてパソコンに向かったものの、出てくる言葉はネガティブなものばかりだった。でも、それでも最終的には前向きに人の背中を押すような最後で終えられたら良いかなと思ったが、無理だった。

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  • この1年は公私に転機の年だ。1年間の遠距離を経て結婚。初めて実家を出てまさかの海外在住、仕事も同時に海外支店に異動させてもらい、早5ヶ月。この結婚がなければ日本を出ることも、海外で働くこともきっとなかった。

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  • 25歳で結婚し、28歳で出産。現在母親業を始めて6か月の新米ママです。2011年8月。友人たちに27回目の誕生日を祝ってもらい、プレゼントに大量の勝負下着なるものを頂いた。「今年の目標は子作りです☆」なんて宣言してから約4か月。どの下着が功を奏したのかわからないが、ありがたいことに、早々に妊娠が発覚した。

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  • 「結婚」 する子が増えてきた。社会人になってから付き合った彼とだいたい3年付き合ってゴールイン!ってパターンがほとんどを占めている。「3年」って数字はなんだか怖い。

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  • 東京生まれ、東京育ち。 親戚も全員東京にいて、『田舎』のない私が沖縄に来てもうすぐ10年目に差し掛かろうとしている。高校の修学旅行先は、9.11の影響で日本の中で最も危険だと言われていた沖縄だった。

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  • 高校のとき「世界では3秒に1人子どもが死んでいます」って習った。それがものすごく衝撃的で、自分は途上国で働きたいと思った。無類の動物好きだったわたしは獣医になって青年海外協力隊という道を希望していたが、親と進路の希望が合わず最終的には医学部に進学した。

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  • 高校の同級生との新年会が恒例で年明け行われるのだが、そこで今年は書き初めをした。2013年の目標を考えてみた。今年は「愛とともに生きる」。

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  • 細胞はご飯で出来ている、と私は信じている。 ・・・とか言うと、『お医者さんでしょう!』って叱られそうだけれど。子どもの頃から、ゴハンを作ってくれた人がいた。その明治生まれの苛烈な人生と、強張った大きく暖かな手を、正しく示す言葉がない。

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  • 私は現在、アメリカのカリフォルニアで夫と共に暮らしている。自分のこれまでのキャリアパスを振り返ると、なんとなく成り行きでここまで来ているような気がするが、とにかく周囲の人に恵まれている。その一言に尽きる。運がいい。

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  • 医学の道。それも西洋医学ではなく、あえての中国医学の道に進もうと思った。なぜ?・・・なんでだろう(笑)一つ言えるのは単純に好きだから。そんなわけで、今は台湾の大学で中国医学の医師になるための勉強をしている。

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  • 高二の夏休みが始まる日、転勤族の家に生まれた私はオーストラリアに家族と引っ越した。そのまま豪州で高校卒業、大学入学&卒業、就職して今に至る。あれーあっというまに28歳!?もう大人になっちゃったっぽい!?やべっもしや30代ってちょー近い!?

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  • 福岡県出身。28歳。旅行会社勤務。独身。彼氏なし。先日、高校の同窓会に参加した。時が経つのは本当に早いもので、高校を卒業して今年で10年。記念すべき10年目をきっかけに、Facebook上で招集がかかったのだ。

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  • 中学受験用の塾で一緒だった親友から,お父さんが担当する法廷を見に行かないかと誘われて,「へぇ,何それ,かっこいい~。」と軽い気持ちで法廷傍聴したのがきっかけでこの世界に興味を持った。刑事裁判なんて,自分とは関係のない世界だと思っていた。

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  • ―――「もう無理です。休ませてください」 そう主治医に告げ、2007年秋、私は大学に休学届を提出した。お菓子屋さん、デザイナー、漫画家、研究者・・・将来何になりたい?という子どものころからのおきまりの質問に、私が「医者」と答えたことは一度もなかったと思う

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  • 新卒で入った会社から転職して、インターネットでインテリア雑貨を販売する会社に就職して約1年。今は雑貨バイヤーをしています。私にとっては、ずっとやりたかった憧れの仕事。

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  • 32歳。独身。彼氏いない。(昨年末に大失恋)援助機関勤務。アフリカ在住。我ながら突っ込みどころ満載。なんだか最近自分が本当どう生きていきたいのかなーと今更ながらちょっと真面目に考えることがあって。そんなお年頃。

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  • 自分の夢と育児は両立できるか?この問いに対していろんな意見があると思う。子どもができたからって自分の夢はあきらめるべきじゃない。子どもができたら育児に専念するべき。そもそもこの2つは天秤にかけるものではない、などなど。私の答えはというと、、、

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  • 会社員を辞めて、もう1年。退職と同時に日本を出てから、お化粧なんて日焼け止めをたまに塗るくらい。だけど、すっぴんの私をきれいだと言って、ありのままの私を受け入れてくれる人たちがいて、たくさんの人に愛されて応援してもらって、尊敬できる素敵な人たちに囲まれて、こんなに幸せなことはないってありがたく思う。

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  • 現在、私は某日系証券会社のアジア・日本株式の機関投資家向けセールスとして、スイスのジュネーブ支店に勤務して3年目になる。新卒として入社して、株の機関投資家営業という仕事を始めてからは6年目になる。あまり意識せず、金融のことも全くわからないまま始めたけれど、気付いたら同じ事を6年もやっていた。

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  • とてもフワフワした生き方をしてきたと思っている。タンポポの綿毛のような。少しの偶然は関係しているかもしれないけど「こうでなくてはならなかった」という必然はあまりなかった気がする。

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  • 23歳の春、私は人生のなかでとても重要な決断をした。これからの人生を根本から変える決断だったけれど、決断した時は今だと思ったし、どうしてか分からないけど、今決断しないともう後はないと思った。

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  • 2年間勤めた会社を辞めて、私は今、大学院の博士課程に通っている。よく、「なんで会社を辞めたの?」と聞かれるから、その場の会話の雰囲気により「軽め」と「重め」の理由を用意している。

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  • 2011年2月—『私はアカデミックに残るのではなく、企業に就職をする』それが私の決めた自分の進路だった。大学を卒業後、大学院の修士課程に2年間在籍し、3年間の博士課程に進んだ私は、このまま大学や研究所で研究者の道を進むか、それとも企業に就職をするか考えていた。

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  • 「お父さんに、会いたい」 子どもじゃあるまいし。今さら、ねぇ。と理性が言いそうになる。でも、「会いたい。」それが本音。父と母は私が2才の時に離婚した。父には、それ以来会った事がない。

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  • 小さい頃から、本を読むのが嫌いだった。国語の時間は、席にいるのも苦痛だったし、読書感想文なんて一度もちゃんと書いたことがない。そんな私が、なぜかコピーライターになってしまった。

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  • 一般事務の仕事をする傍ら絵を描く生活を30歳になるまで実家で続けていました。30歳で結婚、夫に出会った時、「私の夢を叶えてくれるかも?!」と直感し、今は夫の仕事の都合でアフリカのルワンダという国で生活しています。

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  • 弁護士になって1年半が経った。同じ司法試験に合格した同期の中で、1984年生まれは最年少だ。一見華々しいと思われるかもしれないが、体力、フットワークの軽さ、新しいものに対応する柔軟性、知識の吸収力等を除けば、「若さ」が役に立つ場面はそう多くない。

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  • キャリアとかけっこうどうでもいい。と最近私は考えている。でも結婚しても子供ができても自分が経済的自立はしていたいなとは思っている。ここでいうキャリアとは所謂履歴書的なキャリア。以前の私はそして就職して以降のまわりの友人は結構キャリアを気にしていたけれど今はもう少し柔軟に考えられるようになった。

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  • 職業は金工家です、と人に言えるようになったのはここ1年くらいのことである。金工家、つまり金属工芸作家、と言ってもどんな事をしているか分かる人は少ないかもしれない。

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  • 「歌って踊れる外交官になりたいです☆」 って、希望に満ちあふれて、(というか、めちゃめちゃナイーブに、)就職したのは、ついこの間のこと。

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  • 結婚前、夫に聞いたことがあります。私は子供ができにくいかもしれないけど、それでも結婚してくれるのかと。夫は「それでもいいよ」と言ってくれました。私はやはり不妊症でした。排卵誘発剤くらいじゃだめでした。

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  • 思いこみのパワーはすごい。信じ信じ続けて、無謀といわれることを達成できたりもすれば、自分を誤解したまま歩み続けて、ふとした瞬間にすとんと、なくなった時に右往左往したりする。私はとあるコーヒーチェーン店で、現在アルバイトとして働いている27歳。

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  • 巡りあわせって不思議。思いがけなく出会い、離れたと思ったらまた近くに戻ってきたり、そしてまた離れていったり、そしてまた出会ったり。この繰り返し。私の人生の中で存在感を示している2つのものと私のくっついたり離れたりの関係。

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  • “後、何年踊る事ができるだろう” 気がついたらもう23年も経っていた。もう23年。まだ23年。我儘に我儘に生きてきた。「好きな事をやって生活できていいね」昔からよく言われる言葉。私はこの言葉を言われる事が嫌だった。

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  • 日本のほとんどはおじさんでできている。監査法人に就職して6年目になる。女性比率は、会計士試験合格者に占める女性の比率とほぼ同じなので、若い人で2割~3割、数十年前に合格した上層部では数%。わかりやすくいうと、同じ会社にいるのはおじさんばかり、である。

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  • 社会人6年目。今は自分の目の前の仕事や日々に没頭している。大学生まで、一生懸命にがむしゃらに日々過ごしていた。そのとき目の前にあるものたちに熱中して突き進める人間の部類だったと思う。恵まれている。しかし社会人になって最も悩んだこと、それは一生懸命にがむしゃらになれていない自分をどうしたらいいか、だった。

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  • あー、筋腫がありますねぇ。頭の中が真っ白になって、声が出ない。キンシュ?なんだっけ、それ。まるでアナウンサーが「渋谷は雨が降っていますねぇ」なんて言ってるみたい。一昨年の真夏、26歳。政府の無料クーポンを使って何の気なしに受信した子宮頸がん検診で、子宮の中にコブチンができていたことがわかった。

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  • “人生は偶然の積み重ねで、その偶然を拾い上げるのも、意味のあるものにするのも、すべて自分の想いと行動次第。“ ここ数年、私が体感していること。自分が今のような生き方をしているとは、昔は夢にも思っていなかった。

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  • タブレットPC片手に商談に望む若手営業ウーマン、両手いっぱいに紙袋を提げ男性上司の後を小走りする新人女性。フィールドを社外に移して働く、そんな女性像がテレビCMにも違和感なく映し出されるようになった。

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  • 至って温和な性格の私だけど、言われるとどうにもカチンとすることが2つある。「またすぐに生まれるから、大丈夫、大丈夫」「生まれてからじゃなくて良かったじゃない、その方がきっと辛いよ」余計なお世話だぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!

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